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熊本地方裁判所 昭和23年(ワ)423号 判決

原告 森田鶴雄

被告 青木久雄

一、主  文

被告は原告に対し金三十万円及びこれに対する昭和二十三年十二月二十五日以降右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分しその三を被告の負担、その二を原告の負担とする。

此の判決は原告に於て金十万円の担保を供するときは原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金五十万円及びこれに対する訴状送達の翌日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決及び原告勝訴の部分につき保証を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告は被告よりその所有する熊本市上通町五一番二家屋番号同町第七七番木造瓦葺二階建店舗一棟を賃借し、同所に於て昭和八年五月八日以降「モリタヤ」の商号で小間物、化粧品、袋物及び雑貨商を営み同市内及び県下一円に多数の顧客を有して繁昌していたところ、右店舗の賃貸人たる被告は原告に対し該建物を改造して「銀座百貨店」なる名称の百貨店を経営するため、右改造完成迄数日間一時他に移転されたき旨申出で、昭和二十二年十二月二十二日原告との間に、(一) 改造前の店舗内に於ける原告の店舗を閉鎖し一時的移動を為す代償として被告は原告に対し「銀座百貨店」内の第九、第十、第十三号の三売場(以下駒と称する)を昭和二十三年一月一日以降提供して使用させ右駒の使用権利は右百貨店の存続する限り原告に属せしめる。(二) 被告が前記改造を中止した場合は再び従来の店舗を原告に賃貸する。(三) 前記百貨店の経営若くは所有が被告から第三者に変更若くは移転した場合はその時期の如何を問わず被告は第三者をして以上の義務を承継させる。(四) 此の約束上の義務を被告が履行しないことにより原告に生ずる損害は一切被告が賠償する旨の契約を結び、原告はこれを信じて前同日前記賃貸借契約を合意解約し被告の要求通りその後直ちにその店舗を閉鎖して現住所に移転し、同市上通町及び新市街に所在する各銀丁百貨店内で小規模の同種営業を継続して来た。ところがその後前記店舗の改造が完成し同所に於て昭和二十二年十二月末頃から訴外株式会社百貨店銀座(同年十一月二十九日設立)が経営を開始するようになつたので、原告は前記約旨通りの出店経営方を右会社に対し再三再四交渉したが同会社はこれに応ぜず被告も亦約旨通りに取運んでくれない為、実情を調査した処、被告は右会社とは何らの関係もなく、その経営にも関与していないのみならず、従前原告が賃借していた前記宅地建物は既に昭和二十二年十一月二十五日被告から第三者(右会社の取締役となつている個人数名)に売渡され同月二十九日その旨の登記をも了していて、被告が原告に明渡を要求した当時は被告は本件宅地建物につき何らの権利も有していなかつたのに、一時的移転の名目で前記のような条項の約束を為したものであり、これは全く原告の本件店舗の占有を解く為に用いられた詐欺の手段であつたことが判明した。その為に原告は建物不足の現在独立の店舗を構えることもできなくなり、僅かに前記二ケ所の百貨店内に出店して小規模の営業を継続し得るに過ぎず、本件現場の繁華街における以前の盛況に復する見込も失われるに至り、その収益も昭和二十三年度の予定所得額は税務署に於て金十万円と決定された。若し被告の詐欺行為により原告が本件家屋を明渡すことなく、同所で従前通り営業を継続して居れば、昭和二十三年以後に於ては毎年少くとも五十八万七千円を下らぬ所得を挙げ得たのであり、又右所得額から本件場所における営業機能(所謂のれん)を評価すれば、少くとも金二百万円の取引価値があつたもので、これは現時の経済社会に於て財産に見積り得べき権利であるから、原告は前述被告の詐欺に基く不法行為により右のれん代及び所得金五十八万七千円の得べかりし利益を喪失したこととなり、被告は原告の蒙つたこれらの損害を全て賠償すべき義務がある。仍て右のれん代の内金二十万円及び昭和二十三年度の喪失利益金の内金三十万円、合計金五十万円の支払を求める為本訴に及んだ旨述べ、被告の答弁事実中原告の主張に反する部分は否認し、尚原告の本件賃貸借契約解約の意思表示は百貨店に関する契約の有効なることを前提とするものである処、右百貨店に関する契約は被告が所有者であり経営者であることを前提として締結したのであり、当時既に被告が無権利者なることが判明していたら契約する筈はなかつたのであるから、右の事実を隠して原告に契約を締結させたのは詐欺行為というべく、これを信じて為した原告の意思表示は要素に錯誤があり無効であるから前記合意解約も無効であり、従つて原告の賃借権は尚有効に存在しているのであつて、原告は本件家屋を法律上当然明渡すべき義務はないのである。ともあれ被告は原告を欺罔して、適法に賃借していた本件家屋を明渡させたのであり、前記契約中所有者経営者変更の場合に関する約款も契約後将来に関するもので、契約以前でも以後でもという趣旨ではなかつたのに、被告がかかる約款を設けて原告をして被告が当時所有者であると誤信せしめたのはこれ亦欺罔の手段に外ならないと附演した。<立証省略>

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」旨の判決を求め、答弁として、原告がその主張のような被告所有の家屋を賃借してその主張のような営業を為していたこと、被告が右家屋及びその敷地を原告主張の日時訴外松浦寅作外六名に売渡しその登記を了したこと、及び右訴外人等が右登記の日株式会社百貨店銀座を設立し前記家屋及び敷地を使用し百貨店を経営すべくその改造を為したことは認めるが、その余の主張事実は否認する。被告は当時税金納入の為右宅地建物を売却する必要に迫られ、前記訴外人等がこれを買受けて百貨店経営に利用したいとの希望であつたので、原告に対してもその事情を告げ、賃貸借契約を解約し本件建物を明渡すことにつき原告の承認を得た上、前述のように訴外人等に売却し登記手続をも了したのであり、而して右解約承諾の際、原告との間には、(一) 原告の差当つての移転先は被告がこれを物色すること、(二) 訴外松浦等が株式会社を組織し前記家屋を百貨店に改造して駒の配分を為すに当つては、被告は同会社をしてその配分条件に従い二駒を原告に賃貸するよう斡旋することの約束を結び、被告はこれと同時に訴外松浦等とも交渉して右(二)の事項につきその了解を得た上でこれを売却し、一方原告差当つての移転先として、同年十一月二十五日訴外角田清治所有の熊本市安己橋通り六六番地所在木造瓦葺平家建住家一棟(建坪十七坪)、同所木造瓦葺平家建住家一棟(建坪十五坪)、同所木造スレート平家建物置一棟(建坪五坪)を金二十万円で買受け、原告は同年十二月二十二日同所に移転したのである。かくして本件家屋の従前の賃貸借契約は原被告の合意により適法に解約されたのであり、原告がこれを明渡したのは右解約により当然為すべき原告の義務履行に過ぎなかつたものであつて、原告は前記百貨店に関する契約が被告の詐欺に基き要素に錯誤ある意思表示を為したものであると主張するが、被告が百貨店の所有者でも経営者でもないことは、当時の事情の推移から考え、明渡を求める当初から判然していた事実であり、明渡の為原告を欺くとか原告が錯誤に陥るなどというような事のあろう道理はなかつた。而してその後株式会社百貨店銀座が同二十三年一月家屋改造を完成したにも拘らず原告がこれに出店できなくなつたのは、右完成後出品店の募集に着手し、各駒の配分については出品者の希望を聞いて会社に於て適当に割当賃貸することとなつたので、かねて原被告間の前記約束を承認した会社は、原告に二駒を配分すべく再三その希望申出を促したにも拘らず、原告は何故かその申出を為さず、昭和二十三年二月七日の最後の配分決定の為の出品者業主会にも被告及び会社から原告の出席方を促したが、依然これにも出席しなかつた為、遂に会社としては原告に駒賃借の意思がないものと認め、同人に配分すべき二駒を他に配分するの已むなきに至り、同年二月九日その事情を具した書面を被告に通達した。以上の如く被告は原告との前記約束を忠実に履行しこれが実現に努力して来たのであるが、原告の拒否によつてこれが実現をみることができなかつたのであり、その責は全く原告に存する。それで百貨店に関する契約を無効となし従つて賃貸借契約の解約も無効とする原告の主張は何ら理由がないものというべく、仮に原告に於て誤信があつたとしても、これが要素の錯誤となるか、又本件百貨店契約の瑕疵が賃貸借契約の解約に影響を及ぼすか否かは頗る疑問である。従つて又原告主張の損害額は原告が被告から賃借していた家屋における自己営業の「のれん代」と該家屋における昭和二十二年度の所得決定額より現住所における昭和二十三年度の営業予定所得額を差引いた残額とを請求しているが、これは賃貸借契約が有効に存続し上通町における本件家屋の賃貸借を永久不滅のものとする前提に立つているものと考察されるから、損害額算定の基準とすることは不当であり、仮に一歩を譲り、原被告間に原告主張のような契約があり、被告がこれに違反した為原告に損害を与えたとしても、その損害は株式会社百貨店銀座の経営する百貨店の特定の三駒を取得することにより原告が将来得べかりし利益と現住所における所得額との差額でなければならない。よつて此の点に於ても既に本訴請求は失当であると述べた。<立証省略>

三、理  由

原被告間に被告所有に係る熊本市上通町五一番二家屋番号同町第七七番木造瓦葺二階建店舗一棟につき、昭和八年以来賃貸借契約が存在し、原告が同所で「モリタヤ」の商号により、小間物、化粧品、袋物、雑貨商を営んでいた事実、同年十二月二十二日原被告間に前記本件建物の賃貸借契約が双方の合意により解約され、原告はその数日後右建物内における自己の店舗を閉鎖して被告の提供した現住家屋に移転した事実、及び右解約に先だつ同年十一月二十五日右建物が被告より訴外松浦寅作外数名の者に売却譲渡され、同月二十九日これが所有権移転登記手続をも了した事実については当事者間に争がない。ところで原告は右家屋明渡が被告の詐欺により原告が誤信して為したものと主張し、被告はこれを争うので此の点につき判断するのに、被告が原告に対し本件家屋を明渡させるに至つた事情は、証人松永己芳(後記措信しない部分を除く)、松浦寅作の各証言及び被告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)によれば、被告は昭和二十二年九月頃納税の為本件建物を売却する必要に迫られその斡旋方を訴外松永己芳に依頼したところ、同人は同月中数回に亘り右の旨を新聞広告し、その頃百貨店経営を企画していた訴外松浦寅作外数名がこれに応じて来たので、前記の如く被告は本件家屋をその敷地と共に右松浦等に代金七十五万円で売却するに至り、買受人等の前記目的実現の為には原告が賃借営業していた本件建物の明渡を受け、これを百貨店風に改造することを要したので、被告及び前記松永は原告に対しその明渡方を求め、原告の承諾を得る為に同所立退後の移転先をも被告の負担において世話し早急に明渡すよう交渉した事実を認めることができる。ところで被告は原告に対する右明渡請求は本件建物を前記訴外人等に売却する以前に為され、而もその際原告に対し右建物が他人の所有に移り買受人に於て百貨店を経営する旨の事実をも告知して原告の承諾を得たと主張し、前記松永の証言及び被告本人の供述中これに添う部分もあるが、右各証拠は後段認定の原被告間に為された契約に関する各証拠に比し、たやすく措信することができず他にこれを認むるに足りる証拠もないから、右被告の主張はこれを採用しない。次に本件建物明渡の為に原被告間に如何なる約が為されたかにつきみるに、証人市原分、蔵原経業、森田又雄及び森田幸介の各証言によりその原本の存在したことを窺うに足り、且つ右森田幸介の証言及び原告本人の供述により同原本の成立の真正をも認め得る甲第一号証の二(契約証書と題する書面写)及び右森田幸介の証言並びに原告本人の供述を綜合すれば、本件建物明渡に関する被告側からの申出は昭和二十二年十二月に及んでから為され、原告は最初これを拒絶したがその後被告側からの数次の交渉があつた末、原告は明渡後の自己の営業につき懸念し、本件建物改造後経営される百貨店内に原告従前の営業を継続し得るよう駒の提供を求めてやまず、結局被告は昭和二十二年十二月十八日原告との間に、原告が本件建物における店舗を閉鎖して他に移転し同所を明渡す代償として、同建物改造後銀座百貨店が開業した際は同店内の三駒を原告に提供すべき旨を約し、而もその際被告は右百貨店の代表者なることを明示して同契約を締結した事実、及び右契約は単に双方の口頭で為されたのでこれに安心できなかつた原告等は右契約の旨を書面に作成し弁護士蔵原経業に訂正して貰つた上清書し、同月二十二日晩被告方に於て、原被告及び前記松永己芳並びに森田幸介等も立会つて当事者双方の署名捺印が為された事実を認めることができ、右認定に反しかかる契約書を作成したことも、契約をしたこともないし被告は単に右三駒に於て原告が営業し得るよう斡旋してやる旨を約したに止まるとの被告の主張は単に之に添う被告本人の供述のみを以てしてはこれを採用するに難く、前記認定を左右するに足りぬものといわねばならない。よつて以上の事実によれば、被告は原告をして本件家屋の明渡に同意させる為、原告の極力主張してやまぬ改造後の店舗内における駒賃貸借につき自ら百貨店経営の代表者としてこれを承諾し、原告も亦被告の右約束を信じた結果本件家屋の明渡を諒承し、従来永年に亘つて継続して来た賃貸借契約を合意の上解約するに至つたものということができる。ところで前記当事者間に争のない事実によれば被告は右契約前既に訴外松浦等に対し本件建物を譲渡しその所有権移転登記手続を了しているので、右契約の際は最早従前原告との間に存した本件建物の賃貸借関係につき当事者たる地位を買受人等に移転していて賃貸人としての地位権限を喪失して居り、又証人松浦の証言によれば被告は百貨店銀座とは何らの関係もなくその代表者たることは勿論経営に関する何らの権限をも有しなかつた事が明かであり、従つて既に他の所有に移り他人の経営する百貨店内の駒賃貸借に関し何ら自己の権限で決定し得る筋合でもなく、又訴外松浦等との交渉によりこれを原告の為に確保したわけでもないのに、恰も自己がこれを決定し得る百貨店代表者の地位にあり、自己との間に確約して置けば将来間違なくその実現を期待し得るかの如く代表者の名を潜称し、原告をしてその旨誤信せしめて前記の如き契約を締結し、よつて本件家屋の明渡を承諾せしめたものというべく、被告はこれに対し被告が百貨店の所有者でも経営者でもないことは当時の事情の推移から考え判然していたと主張するが、此の点に関する証人松永の証言及び被告本人の供述が措信できないことは前記の通りであり、証人角田清治の証言中本件建物が他に売物に出されている旨原告に告げたとの供述も直ちに以て右被告の主張を認定するに足らず、他にかかる当時の事情を肯認し得べき証拠もない。そうだとすれば被告のかかる行為は前記の如く適法に家屋を賃借して営業を営む原告に対し虚偽の事実を装い、何ら疑をさしはさまぬ原告の誤信を利用してこれを欺罔しその占有する家屋の明渡を為さしめて結局該家屋に於て営業を為すこと能わざるに至らしめた不法のものというべきであるから、これは原告に対する不法行為に外ならず、因つて被告は原告がこれにより受けた損害を賠償すべき義務あるものといわねばならない。

そこで原告が被告の右不法行為により本件家屋を明渡した結果蒙つた損害につき考察するに、原告本人の供述によれば、本件家屋明渡後原告は熊本市内有数の商店街たる同市上通町の本件家屋に於て従来の繁昌せる営業を継続することができなくなり、僅かに同町銀丁百貨店内及び同市新市街所在の銀丁百貨店内の二ケ所に於て同種営業を小規模に営むに止まつている事実、従前右二ケ所の外本件建物内でも営業していた時は総収益中の五割を本件店舗で、三割を上通町銀丁百貨店内の店舗で、二割を新市街銀丁百貨店内の店舗で取得していた事実、及び昭和二十二年度中の経営期間は本件店舗が十二ケ月、新市街の店舗が三ケ月、同二十三年度は新市街店舗が十二ケ月、上通町店舗が二ケ月であつた事実を認めることができ、昭和二十二年度における上通町の店舗の経営期間は成立に争のない乙第三号証及び第五号証によれば十二ケ月であつた事実を認め得、これが七ケ月であつたとなす原告本人の供述は右各証拠に比したやすく措信し難いから採用しない。而して右被告本人の供述及び成立に争のない甲第十号証、乙第五号証によれば、昭和二十二年度における三ケ所の店舗における総所得額(事業所得としては同年中の総収入金額から必要経費を控除した金額)は税務署が右三店舗の各備付帳簿を調査して確定したところによれば金二十四万八千二百円であり、前記供述及び甲第十一号証、乙第五号証によれば、昭和二十三年度における本件店舗以外の二ケ所の店舗における総所得額(前同断)が金二十九万三千五百円であつた事実を認めることができ、以上各認定を覆えすに足りる証拠はない。そうだとすると昭和二十二年度における総所得額(即ち純利益)を前記三ケ所の店舗の収益比率及び経営期間に応じて按分計算すれば、本件店舗(一ケ年)における収益は金十四万六千円、上通町銀丁内店舗(一ケ年)が金八万七千六百円、新市街銀丁内店舗(三ケ月)が金一万四千六百円であつたのに対し、同二十三年度の本件店舗を除く他の二ケ所におけるそれは前者(二ケ月)が金五万八千七百円、後者(一ケ年)が金二十三万四千八百円であつたことになり、右の割合から推算し前者(上通町銀丁内店舗)の昭和二十三年度一ケ年間の収益は金三十五万二千二百円であつたと考えられるから、前記三店舗の収益比率に従えば本件店舗の昭和二十三年度一ケ年間の収益は三ケ所の店舗における全収益予想額の五割に相当する金五十八万七千円であつたということができる。被告はこれに対し右収益は改造前の店舗における収益であつて百貨店銀座内の三駒における営業により挙げ得べき収益ではないから損害額算定の基準として不当であると主張するが、本件不法行為に基く損害は右三駒を賃借できなかつた為蒙つた損害をいうのではなく、かかる不法行為がなかつたら原告が本件家屋を明渡さず改造前の旧家屋で挙げ得た収益を意味するものであるから被告の右主張は失当として排斥する。而して又被告の不法行為による家屋明渡がなかつたら原告は従来の永年に亘る賃貸借関係からみても、又被告より解約を申入れられるような特段の事情の存しなかつた点からするも、少くとも一年間は本件家屋に於て従来の営業を継続し得たものと考えるのを相当とするから明渡後一ケ年間の収益を以て得べかりし利益となしこれが賠償を求めることは妥当といわねばならない。

次に本件家屋に於ける原告の前記営業をその永年に亘る信用、顧客取引先乃至はその営業場所、店舗の商業界に占める地位等から捉えた所謂「老舗」、「のれん」等の営業機能の喪失を以て賠償さるべき損害と主張し、その経済的価値を金二百万円と見て内金二十万円の賠償を要求しているが、所謂「のれん」が売買贈与その他の取引の対象となる経済的価値あるものであることは論を俟たないところとしても、不法行為によるその侵害の場合、対象となるのは「のれん」自体ではなく、これを取引することによつて得べかりし利益を意味するのであるが、本件店舗の「のれん」としての価値についてはその立証が十分でないばかりでなく、果して本件「のれん」を何時何人との間に現実に取引の客体となし幾何の利益を得べかりしものであつたかについては、原告の何ら主張も立証もしないところであるから、単に一般的な経済的価値乃至その場所的利益を主張するのみの本訴請求は、これが喪失を賠償すべき損害中に加うべき根拠が極めて薄弱であり失当たるを免れない。よつて原告の本訴請求中前記昭和二十三年度における本件家屋での得べかりし営業純益金五十八万七千円の喪失に対し、内金三十万円の賠償を求める部分は正当としてこれを認容し、のれん代二百万円の内金二十万円の賠償を請求する部分は、その理由がないものとしてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条、第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 安仁屋賢精)

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